例えば、この空のように

 別に誰が決めたという訳ではない。

 ただ、お前の言葉一つ、動き一つが

 俺の心を突き動かす糧となっているのは、確か。












 ― 形なきもの ―












「・・・犬夜叉って優しいよね・・・」
「・・・は・・・?・・・」
「うん、優しい」


 ・・・唐突とか、突拍子も無いとか、はたまた青天の霹靂とか言うのは、全て彼女の為にあるのではないだろうか―
 一人満足げに笑ってる少女の横で、少年は柄に無くもしみじみとそんな事を思ったりした。


 真上を仰げば先を知らない青天井と安穏と浮かぶ白雲。下を飛び交っているのは能天気な雲雀【ひばり】か雀か。
 視界の四淵の深緑は妖【あやかし】の森の葉が彩り・・・とはいえ昼間のそれは壮大な火輪【かりん】と数多の小動物が息づいているためか驚くほど穏やかで明るい。
 そんな森の一角に在る井戸から先の少年―犬夜叉がかごめと共に出てきたのは、つい先程の事。歩き慣れた獣道を、やはり馴染みの小さな愚痴を言いながら共に歩いていた。

 いつの間にやら当たり前になった、幾度と繰り返してきた日常。 今日もこのまま何気ない話をし、仲間の元へ行き、再び旅に出ようとしていた。
 そんな日常の最中【さなか】。

 本当になんの脈絡もなく、彼女は先のことをぽつんと零したのだった。


「・・・・・・・・・・・」

 突然すぎるやら、筋違いやら・・・。
 一応歩みは止めないものの、犬夜叉は一瞬声を忘れ呆【ほう】けた。何を誰に向かって言ったのかと、理解出来ているが出来ていない矛盾を繰り広げつつ、とりあえず今だ笑みを絶やさず一歩先を歩くかごめに確認をとる。

「おい・・・誰が優しいって?」
「犬夜叉が」
「何で?」
「優しいから優しいの」

 さも当たり前でしょと言わんばかりにさらりと答えられて、それは答えじゃねえだろうが、と内心で間髪要れず突っ込んだ。
 言葉の原因なんかを一瞬考えてみるが、もともと心理戦やまだるっこしい事を良しとしない性格なので、数秒後にはいつも通り罵声となって飛び出した。

「だからっ!何がどうなって俺が優しいなんて薄ら寒い事になってんだ!!」

 他の人間(ひと)だったらその牙むき出しの怒りっぷりに飛び上がらんばかりに驚いて怖がるところだろう。、
 だが、生憎とこの少女には微塵と通じない。  放った怒りも何処吹く風と何事も無かったかの様に振り返り

「荷物、持ってくれてるじゃない」

 ピッと犬夜叉を指差して、きっぱり言い切った。

 彼女が指差した先・・・つまり犬夜叉の右肩にはかごめ愛用の黄色い大型バッグが確かに担がれていた。
 救急箱や食料品を始め、参考書、着替え等など、かごめの私物が多いながら役立つものが収納されていて、仲間の間でも大変重宝されている。
 そんな貴重物、いつもはかごめが持っているのだが実家から帰ってきて暫くは犬夜叉が担ぐのが暗黙の了解になっていた。
 バッグに目線をやり、再びかごめに戻すと、ね?と同意を促すように見てきた。
 怒鳴る気は瞬く間に萎み、代わりにあのな・・・と呆れ交じりの声が零れた。

「たかだか荷物の一つや二つ、いっつも持ってんだろうが」

 犬夜叉はわざと乱暴に担ぎ直しながら、歩みを速めて再びかごめの横に並んだ。


 担いでやっているのはほとんどが自分の都合であり、故に当たり前。だから何故そんなことが「優しい」事に繋がるのか理解できない。
 戦国を練り歩いていれば徐々に萎むそれも、かごめが実家に帰ると恐ろしく膨れ上がった。それこそ、担げば彼女が隠れてしまうほどに。
 荷を減らせといっても減らさないのでもはやそこは諦めているが、そんなでかいものをかごめが持つ、というのがどうも納得いかないのだ。
 彼女が持っていたらすぐにバテて足止めを食らうのは目に見えているし、力がある自分が担いだほうが効率がいい。大体、重いものは男が担ぐと決まっている。

 そんな理由から彼女の荷物を持っていた。だから優しいと言われる覚えはなかった。

「今更な上に優しいもくそもあるか」
「そういう事だって優しくなきゃできないじゃない。本当に優しくない人は持ってやろうなんて思ってもくれないものよ」
「俺は俺の為にしてるだけだ。お前の言うのとは違うだろ」

 違いなんて・・・とかごめが続けようとしたが、生憎犬夜叉の方が既に数歩前に出てしまって上手く伝わらなかった。



 犬夜叉にとって『優しい』の基準はかごめだ。
 見ず知らずの人間や妖怪、命や意思を持たないもの、果ては半妖の自分という存在にまで、彼女は手を差し伸べた。
当然のように歩み寄り、敵わないと分かっても守ろうとし、常に目の前のものを愛【いつく】しんで・・・ そんな事を恥ずかしさも臆面もなく平然と出来るやつ。
 こんなお人よしな『優しい』やつを犬夜叉は他に知らない。それを一心に受けた自分だから、余計にそう感じる。
 それにやはり、己の為の優しさと他の為の優しさは違うのだ。受けた側としては同じ行為でもその重みや深さは圧倒的に後者の方が大きいと感じるだろう・・・

 そう思っていたら、ずしっといきなり左腕に重み(というほど重くはないが)かかった。
 びくりと肩を震わせ振り向くと、少し走って追いついてきたらしいかごめが、両の腕で紅い左腕をがっしりと掴んで、いかにも物言いたげに見つめて、というより睨んでいた。

「な、なんだよっ」
「それは受けた人が決めるものよ。いくら自分の為でも嬉しいものはやっぱり嬉しいものよ。その逆に親切が迷惑に感じられることだってあるし・・・
 ただ少なくとも今は、犬夜叉が自分の為だって荷物持ってくれてるから私はすごい助かってるし嬉しいわよ」

 一瞬、心を読んだのかと思った。
もちろんかごめがそんな心臓に宜しく無い能力は持ち合わせているわけがない。恐らくは「違う」と言った自分に対して答えを言ったのだろう。
 が、それがものの見事に犬夜叉の考えと真逆であった。
 やはりというか何というか、この少年と少女は一部のそりが確実に合わないらしい。

「それとこれとはまた別の話だろーが」
「同じでしょう」
「違う」
「同じ」
「違う!」
「同じ!」

 またも始まる堂々巡り。非常に、誠にこの上なくくだらないのだが彼らは至って本気だ。事のおまけにお互い意地になり引かないものだから始末に悪い。
 数分間に渡り「違う」「同じ」が飛び交い続けたが、終止符を打ったのは意外にも犬夜叉であった。

「違うっつってんだろうっ!!『優しい』のはお前だっ!」
「え・・・・」

 その一言に、かごめの言葉が止まった。
 大声を荒げたおかげで大げさに肩で息をする犬夜叉を、今度はかごめが呆けて目を丸くした。

「犬夜叉・・・優しいって、思ってくれてるの・・・?」
「えっ・・・。・・・あ”っ!」

 かごめの指摘に、犬夜叉は勢いで吐き散らした言葉に気付いて、瞬く間にぼわりと赤面した。
 そんな彼の顔をかごめはまじまじと見つめてしまう。

 彼は不器用で素直じゃない、口を開いても出てくるのはひねくれだったり小言だったり。 いつも人がいう少女の『優しさ』を自分は棚に上げて、やれお人よしだ世話好きだと文句ばかり言った。
 だけど、こんな風に勢い任せに放たれた言葉は、実は彼が心で思ってくれている事だというのを、かごめは今までの経験上熟知している。

 それが証拠に「いや、だからっ」と言葉を濁しているが否定はしなかった。とはいえ彼の法師じゃあるまいし、素直に認めるも言うも気恥ずかしい。
 結局そっぽ向いてガシガシと荒っぽく頭を掻いた。

 気付けばそんな犬夜叉に、かごめから自然と笑みが零れた。

「そっかぁ・・・優しいって、思ってくれてるんだ・・・そっか・・・」
「かごめ?」
「・・・っ・・・嬉しい・・・なんか・・・すごい嬉しいっ・・・」

 嬉しさで声が出ない、というのが本当にあるのをこの時初めて知った。

 今までそう言ってくれた人はいた。家族や学校の友達は小さい頃なんてよく言ってくれたものだ。
 けれど、決して嘘をつけない人から、そして自分が好きな人からそう言ってもらえたのがこんなに嬉しいなんて思わなかった。
 胸の奥から言い表せないものがどくどくとこみ上げてきて止まらない。

「お、おい!何で泣くんだよ!?」

 正確にはかごめはまだ泣いてはいない、だがちょっとつつけば今にも泣きそうになっていた。 感極まってしまったらしく涙が零れそうで、でもその嬉しさを噛み締めるように繰り返す。
 さりとてそれを目の前で見せられている犬夜叉はたまったものではない。彼が最も苦手とするのが涙なのだ。
 焦り始めた犬夜叉にごめんごめんと謝りながらかごめは寸前の涙を拭う。 と思いきや、まだほんのり涙を残したまま

「・・・ほら、やっぱり優しいじゃない」

 と言って笑うから、犬夜叉も訳が分からない。その上先程の事をぶり返された。
どこが!と言おうとしたら、細い人差し指をこちらにむけて、

「泣きそうだったから、心配してくれたでしょ」

 優しい優しい笑顔で、そんな事を言われた。



「・・・けっ」

(そんな顔で言われちゃ、何にも言えねーだろうが・・・)

 再び赤くなった顔はぷいと明後日の方向を向いた。
 そんな行動を「応」と受け取ったのか、かごめはくすくすとまた随分心地いい声で笑った。








 彼女に、優しいと言われた。
 彼が、優しいと言ってくれた。


 『優しい』なんて、言われなれない己には酷くこそばゆく、不釣り合いで滑稽。
 だからこそ、心の深く深くに届いて、震えるほど嬉しい。

 『優しい』と言ってくれた人はたくさんいた。
 けれど、嘘を付けない彼がくれた言葉は雪のように尊く、泣きたくなるほど嬉しい。



 優しさに形はない。
 定義付けることや、決まったものが存在しない。
 それは、何かを嬉しく思うものと嫌悪するものがいるように。

 他の誰が彼の、彼女の優しさを否定しても
 たった一人でもそれを肯定すれば、それは優しさになる。





 ―― これ以上、顔を赤くするのは癪なので暫く顔は見ない、と速さを増した足。
 その足がまた優しい彼女と並ぶのに、きっと時間はかからない ―――。










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≪ あとがき ≫

某方にゲストでお呼ばれし、その際に押し付け貢ぎました。
この小説で初めて私の駄文が本になったとですよ!!!ありがたいやら恥やら;;

でもこれ、相当な駄文です;捧げる前に手を加えたのでマシになったほうですが。
打ち出し当初がかなりのスランプで、半月後ぐらいに見直してみたら目も当てられず必死こいて修正したのです;;

ホントごめんなさいKさんorz

本ではこんな駄文にKさんがすっばらしい激カワな挿絵をつけて下さり(元はこれにつられて打ったようなもんです/笑) そのおかげで何とか見れるものになっているので、これ単体では痛いことこの上ないですね;
その挿絵の原稿をなんと頂けちゃいまして!!今大事に拙宅に保管してありますvv

許可を得れたら載せさせて頂きますvv

お目汚し失礼いたしました;





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