決して これを手放してはいけませんよ


これは父上が 私を お前を守る為に下さったもの


お前の身を 命を 守るもの


必ず 守ってくれるから


だから 何が起きても肌身離さず 生きなさい







そういってお袋は 俺に緋色の衣を纏わせた

















――――――――――――― 守衣 ―――――――――――――

















女は、恐ろしいほど肌が弱かった。

妖の気が通った髪とはいえ、たった一本握っただけで、女の掌はいとも容易く切れて血を滴らせていた。
まあそのおかげで、髪束を操っている元を断ち切ることに成功したわけだが。

「犬夜叉、戻るわよ!!」

女は手を擦り擦り、井戸へ駆けながら言い放った。
昼間とは打って変わって積極的になった女に、僅かながら金の目を見開く。

「やけに物わかりがよくなったじゃねえか」
「本当はやなんだけどねっ」

そう言いながらも井戸に足をかける女の横顔には、確かな決意。
引きずってでも連れ帰ろうと思っていたこちらとしても、手間が省けてありがたい。

しかしいくら決意が固くとも、身体が丈夫になるわけではない。
このまま敵陣に突っ込んでも己はともかく、女の方は瞬く間になます切りになるだろう。

次の瞬間、バサッという音が空気に混ざった。

女に掛かったのは、いつも己が片時も離さず纏う緋色の上衣。
肌も弱ければ体も小さい女は、赤子のように緋衣に包まる形になっていた。

「火鼠の毛で織った衣だ、ヘタな鎧より強いぜ」
「あ・・・ありがと・・・」

今度は女が目を見開いた番だった。

「なんかおまえ、メチャクチャ肌が弱いみてーだからな」
「あんたがヘンなのよ」

お前なんかと一緒にされて溜まるか、という言葉は飲み込んで

「いくぜっ」

小袖に緋袴の己と、緋の上衣を羽織った女が暗がりに身を投げると、妖の井戸は再び扉をあけた。
















――――――――――――――――――――――――――――――――――
















「いい?怪我もしてるんだしちゃんと戻ってくるから、楓ばあちゃんのところで大人しくしてるのよ?」

っていっても、その怪我じゃ当分動けないわよね、と女・・・、
いやかごめは、まるで母親のような口ぶりの後にそう付け足すと、ひらりと井戸に身を投じ消えた。

「あのアマ・・・どこまでも俺をなめる気か」

女の捨てゼリフに青筋を立てつつ、こちらもちっと小さな舌打ちだけ零すと、肩にかけていた緋衣を纏った。

つい数刻前の激戦のせいで、刀傷は動くたびに鈍痛を走らせる。
白い小袖も未だ生々しい鮮血を幾つも咲かせていた。

しかし、その傷口から既に血は流れ落ちていなかった。
常人とは比較にならないほどの速さで傷の塞がる様が、なんとなく感じられる。
今日一晩休めば、明日女が戻ると言った刻限ごろには体力も傷も癒えるだろう。



確実に、人とは違う体。
されど、妖ともいえぬ体。

半端な体、半端な血。




―やっぱり半妖は半人前か―




ふと、結羅の言葉が頭を過ぎる。


皆そうだ。

妖怪は見下し、あざ笑う。
人間は蔑み、忌嫌う。

時に極上の餌だと、時に厄を呼ぶと、常に狙われ消え入りそうになったこの命。




今回とて同様だ。
よくこの衣なしで死なずに済んだものだと、我ながら感心する。

(なら、何故貸した?)

ふと、謎にぶつかる。
衣を貸さなければ、こんなご大層な怪我もせず楽に勝てただろうに。

そもそもこの衣を脱ぐ事は即ち、寿命を縮めることだと、昔母に言われた。
それに誰よりも自身が分かっているはずだ。







遠い記憶・・・
長い長い地獄の記憶に埋もれた、己の中でもっとも古い思い出――








『犬夜叉、これをお通し』

優美で慎ましい母の手にあったそれは、一対の狩衣。
例えるなら焔のような、燃えるような緋衣。
丁寧に織り込まれていて、触れると他の衣と少し違う感じがした。

手渡されたそれを不思議そうに見つめる己に、母は柔らかい笑顔を向けた。

『これは火の国に住むと言われる火鼠の毛で織られた衣。
 お前の父上が私と、他でもないお前の為に残されたものなのですよ』

如何様な炎にも決して焼けず、大武将の刀も通さない、この世に二つとない着物。
父が残し、母が渡した衣。

そのことが何だか無性に嬉しくて、上衣を纏ってはしゃいだ。
きちんと着なさい、とたしなめる言葉とは裏腹に、母は尚も優しく微笑む。
屈んで前を合わせてくれる姿を、嬉々として見つめていた。

だが着せ終わった時、

『犬夜叉・・・これから先、どんな事があろうとも・・・この衣を離してはいけませんよ・・・』

 母はきっと、あまり長くはお前を守ってやれないから・・・
 これだけがお前を裏切らず守ってくれる、たった一つのものだから・・・


その時は、何故母の顔が沈んだのか、その言葉にどんな意味があったのか、よくわからなかった――――







だが母が居なくなった今、あの言葉の意味が骨身に染みるほどよくわかる。
この衣に幾度命を救われたことか、数え上げればきりがない。
心は守ってくれなくとも、身体と命だけは、確かに守り続けてくれた衣。
故に、今まで一度とて離したことはなかった。

だというのにあの時だけは違った。
大した戸惑いはなく、気がつけばかごめに衣を投げよこしていた。

もちろん、あんな髪程度で傷付くほど、この体はやわではない。
自分に言わせてみれば、なんであんなちんけな攻撃程度で傷付くのかがわからないくらいだ。
それでも、女にとっては命をとられる代物であることに変わりは無く。

死なれては、妖怪の元に辿り着かないから。
こんなやつでも、死なれては何となく後味が悪いから。
だから、羽織わせただけ。

全ては自分の為。



(人間と旅なんざ、面倒な事この上ねえがな)

ごろりと手頃な木の根に背をもたらすと、ふんと鼻を鳴らした。


いくら四魂の玉の為とは言え人間の、
しかもまだ十といくらかしか生きていない、気丈な異国の小娘との旅。




人間(ひと)というのは、実に面倒な生き物だ。

弱くて脆くて、一人では何も出来ない。
そのくせ、時に理不尽で理解しがたい行動に出る。
全く持って、理解できない。

そして己も、そんな血を身の半分通わせている。

人の血なんてあるから、下等な妖怪にまで見下される。
人の血なんて流れてるから、肝心な時に冷酷に徹しきれない。
人の血なんて受け継いだから、妙な感情まで持ってしまう。

結果、たぶらかされてあのザマだ。

(だから、捨てようとしている)


全ては、人の心のせい。
彼の巫女に心を寄せて、封印されたのも。
あんな女に衣を貸し与えて、焼け死んだと思ったとき湧いたどうしようもない怒りも。

全ては、人の血が生んだ気の迷い。

砕けた宝玉に願うは、無敵の力と確固たる心だけ。















だけど、少年は忘れている。

母の言葉の最後を。

己には無縁の事と、いつの間にか忘れた言葉を。


































でも、もしお前に、大切な者が現れたのなら

もし、この衣以上に信用できる者が現れたのなら

その時は、この衣でその者を守りなさい

かつてあの人が私を守って下さったように

今度はお前が愛しい者を守れるように


衣は決して、お前と愛しい者を裏切りはしないから




今はまだ、気付かないだけ―

少年が今とはまた違う気持ちで衣を脱ぐのは、そう遠くない― 




















<fin>


 〜あとがき〜

また犬一人ネタ・・・;ワンパターンでごめんなさい;
タイトルは「しゅごろも」でなく「まもりごろも」と読みます。もちろん私の造語です(笑)

今回の設定は、本当に初期の初期、犬がようやくかごめの名前を呼び出したころです。
いやー絵でもそうですがなんて楽しいんだ、つんつんした犬vv(をい)
私は笑ってるのとかよりは、照れてるかつんけんした棘犬の方が好きなんですv

今回初の試み、原作の一場面を小説風にアレンジしてみました。
この部分はノベライズ版のほうでも既にでてるのでどうかとも思ったのですがあえてチャレンジv
結果、見事玉砕v(殴)
無謀にもほどがございました;(プロじゃないんだから当たり前)
文才が欲しいと切に願わずにはいられない今日この頃;ぎゃふん;

初といえば、犬ママが出て参りました。
犬パパは以前「弓張月」で引っ張ってきましたが、ママは初!!
実は結構好きなのですよ〜パパママvv某同盟入ろうかと思ったくらいです(笑)
でもママ、言葉遣いがよくわかりませんでした;平安時代の女貴族の言葉遣いなんてわかるか!!(投)

書いてるうちに少しずれた内容になってしまったのが引っかかりますが・・・;
とりあえず棘犬とママ出せて満足!!(笑)

ちなみに犬がこのあと衣を脱ぐのは(私の記憶が正しければ)恐らく9巻の桃果人戦かと。

違ってたら感想共々と突っ込んで下さい;










閉じる